古泉一樹の消失



8. 楽 園



 それからがどうだったかといえば、まあ普通の話だ。古泉がハルヒと再会したり、俺が忠告してやったにも関わらずハルヒが古泉を呼び出したのが喫茶店だったが為に、もう二度とその店に行きたくない!と思ってしまう程、悪目立ちしたり。まあきっとこいつらは気にしないんだろうけどな。見てくれの良さでは昔から他人の視線を集めるのにも慣れているし、良くも悪くもそれが普通だったから。古泉をなだめるのに呼び出された俺なんぞは、周囲からちらちらと寄せられる興味の視線がいちいち刺さって、正直、居た堪れません。古泉が一向に泣き止まないのでハルヒに、もう帰っていいか? と聞いたら思い切り殴られてさらに目立った。おい、周りの気配が一瞬ざわついたぞ、無言だったが。いや、スマン俺が馬鹿だった。

 何だって俺の大学の最寄駅の近くにわざわざ呼び出すんだよと言ってはみたがあっさり無視され、必然のごとく大学の連中にこの奇妙な会合は目撃されていた訳なのだが、いやそもそもハルヒが大学に乗り込んできたのが先だったか、「美人泣かしてたって聞いたわよ! 古泉君帰ってきたのね!! 」などと、キラキラした目とは不似合いな、でかい声でがなりたてて騒いでいれば、そりゃあ俺の友人たちも何事かと気にも留めるだろう。

  人目を省みず他校に堂々と飛び込んでくるフリーダムさを、フットワークが軽いと受け止めてくれるありがたい友人たちだが一部訂正が効かずに、俺の彼女だと思われているハルヒはただ座っているだけでも何と言うか強烈に目立つ。(黙っていれば良い方に勘違いされ、しゃべっていれば明後日の方向に印象ごと吹っ飛ばされる)その向かいに座っている男も、素で負けない位に目立つと言うのに、べそべそ泣く事を止めずに、あいつ等が座るその一区画にだけカオスを生じさせている原因となっていた。これで「あれってこの前正門に居たモデルみたいなひと? 」と気付かれでもしたら、なあ? 来週のスクープ雑誌の一面記事はきっと独占だ。まあそれもお前らが芸能人だったらの話だが。そりゃあ見ているだけでも面白いだろう、喫茶店で泣くイケメン野郎と、気の強そうなでも珍しく困った顔をしてる美女の所に、寝てる所をたたき起こされて呼び出されて仏頂面でぼさぼさ髪の俺が、今ようやくドラマチックにご到着だ。複雑に入り組んだ人間関係、テレビドラマ風……って、どういう絵面なんだよな、まったく。

 三角関係でもめてたんだよな、と興味深深なヤツラに聞かれたり、「なあ、キョンがあの美男美女カップルの間男って話マジかよ? でもあれってお前の彼女じゃなかったっけか? 」と物凄く楽しそうな顔で食いついてきた友人(こいつを見ていると本当に谷口を思い出す。機会があったら会わせてやろう……同属嫌悪で嫌がるかもしれないが)は遠慮なく叩き落としてやった。馬鹿め、お前らの考えているベクトルはどっちも間違いだ。
 その後いろいろあって周囲の誤解は一応解け、長門とも、朝比奈さんとも古泉は再会した。長門には何か貰って泣かされたと言うし、わざわざ遠くから駆けつけてくれた朝比奈さんとは、顔を合わせるなりふたりして泣いたらしい。お前泣きすぎだ。

 「ぼくはもうひとつだけ涼宮さんに嘘をつきます」そう宣言した古泉が失踪中に練り上げた『身の上嘘話』をまことしやかにするのには、あいつの長口上など慣れたものだと思っていたが、どうにもあっけにとられたね。ちなみにその説明は、色々騒がせたついでと、誰かから聞かれる度に古泉との関係から誤解やら何やら二度三度、俺がいちいち説明するのでは手間がかかるからと、俺の大学の友人その他が混ざっている場所で行われたのだが、それも「これからわりと会う事もあるんじゃない? 事情があれば話しておけば? 無理にとは言わないわ、古泉君が嫌じゃなかったら、なんだけど!」とハルヒが言ったからだ。一瞬顔を引きつらせた古泉だったが、俺からの目配せに、少し考えてから軽く笑んで頷いてみせた。裏に機関があることだからと考えたが、この集まりはあくまでハルヒ主催の「古泉君お帰りなさいパーティー」なので、古泉はその筋書きの中で求められるように動けばいいのだろう。

 『戻ってきた古泉君はSOS団の仲間たちとその友達に、居なくなった理由とそこに至るまでの説明をしました』

  以上終わり、それでいい。例え出席した者の中で、お帰りなさい、と言うのにふさわしい人間が全体の半分以下の数しか居ないとしても。SOS団と国木田と(ついでに呼んでみた谷口は日程が合わずに不参加だった。朝比奈さんも来るというので鶴屋さんも来たがっていたが、お忙しくて無理だった)、面識があるのはそれだけで後は俺の大学の友人が8人くらい、ハルヒの勢いに引き摺られたのと、古泉に対する興味もあって連れてこられたのだが、いそいそと料理を取り分けてくださる朝比奈さんにデレながら、喰うのに忙しい長門に完全に無視されながら、ハルヒのハイテンションに必死に応戦しながら、それなりに楽しくやっているようだ。しかし、こいつらは古泉にとっては赤の他人なんだがな。今日、失踪の説明をした時にやりとりが少しあっただけ。いいのかそれで。

「いえ僕は嬉しいですよ」

 やたらニコニコした顔で古泉が言う。嬉しそうだな、古泉……あれか。打ち明け話が受けたからか。よかったな。

「……受けたんでしょうか」
 
 まあ、あれで納得してくださったのならいいのですがと、古泉は口の中でもごもごと少し複雑そうな顔で言った。何だよ不満か? いいんじゃないか、本当の話はどうしたって言えないんだから。その他大勢も何かやたら感心していたな。……あと、一応お前の話はあんまり触れ回るなよとあいつ等には言っておくが、噂なんてもんは尾ひれがついて直ぐに広がっちまうと思うんだが……。

「それは構いません。たいした事は話していませんし、もし危険な広がりを見せるようでしたらその時は」

 機関か。

「余計な干渉はしなくて済む事を祈ります」

 おお、そうだな。俺も念を押しておく、と頷いた。しかしまったく何だって他のヤツラにも聞かせようとか思ったのかね、ハルヒは。確かに俺が何度も話すのは大変だし、お前の設定もどこまで聞かせていいものやらわからんのは確かだが。

「お気遣いありがとうございます」

 古泉は先ほどまでの会話を思い出すように目を細めた。

「……涼宮さんは多分僕に気を使ってくださったんだと思います。今回の召集は、ご自身があなたのご友人と面識があって、それなりに親しみを覚えているから、だとは思いますが、僕にお帰りと言ってくれる、まったく無関係ではない誰かを――増やしたいと思ってくださったのだと」

 ……よかったな。

「嬉しいです。……とても」

 先刻までの緊張を解いて、別人のように古泉は微笑んだ。

『――両親が借金の保証人になっていた親類が失踪しまして、借金の取立てが僕の家に来たのです。借金自体は別の親戚、覚えていらっしゃるでしょうか、多丸さんです、ええ、あちらが肩代わりしてくださったので、既に返済済みなのですが、最初に借金した彼が、相当相手の恨みを買っていまして……僕の家にも他の親戚宅にも、暴力的に何度も彼を探しに来まして、そうですね、生活が破壊されそうになったもので。目立たないように僕と両親は別々の場所に避難する事にしました』

『援助を受けつつひとり暮らしするのに都合が良かったので北高に編入しまして……時間があればアルバイトしていたのは、気にしなくて良い、返さなくて良いと言われていたのですが、諸費用を多丸さんにお返しする為です。何もかも全部受け持っていただくのは心苦しかったもので。けれどそうやってお返しした分より沢山を、気晴らしに誘ってくださったり、いつかの孤島のように招待してくださったりで、また頂いてしまったようなものなのですが、元気に暮らしてくれればそれが何よりだ、とおっしゃるので有り難くお言葉に甘えました。そうして何とか静かに暮らしていたのですが、とうとうあの時、その借金先のひとが僕の所に来て、周囲を巻き込みたくなければ、彼奴の居所を吐け、と言うような脅しをかけてきたのです』

『彼の居場所はそもそも知りませんし、知っていた所であんなひとに話せる訳もない。けれどここで僕が拒めば、被害は確実に周囲に及ぶ。涼宮さんや皆さんにご迷惑がかからないように、痕跡を残さずに姿を消しました。何も言わずにその節は本当に申し訳ありませんでした。決してひとりではなかったのでその点はご心配には及びません。彼がどうなったのか、恨みを持った追っ手がどうなったのか、僕は教えて貰えませんでしたが、先頃全て片がついたとお知らせを頂きましたので、こちらに戻ることにしました。いえそれが、これから受験になりますので、皆さんからすると一学年下になりますが、またどうぞよろしくお願いします――』

 長いぞ古泉。要約するとそんなカンジになったが、説明を終えるまで長々と回りくどく同じ話を繰り返したので、実際はもっと時間がかかった。尤もそれはハルヒが途中で突っ込んだり、合いの手を入れたりする為、話が前後したからなのだが。怒ったり、むっとしたり、残念がったり、喜んだり、仕方なかったのかもしれないけれど言って欲しかった……とうっすら涙ぐんだりして古泉を慌てさせたりもした。それでも説明は得心の行くものだったのだろう、ハルヒはすっかり満足したようだった。ああ、そういえば忙しそうだったよね、と頷く国木田に、その他大勢の野次馬共、こいつらはむしろ失踪理由よりも、特進クラスで部活もバイトもしていた事に感心したようだった。(確かに普通に考えたら寝る間も惜しんで勉強するのだけでも手一杯だろう)おそらく全てを知っている長門は黙って古泉を見つめ、朝比奈さんは少し悲しそうな顔で、胸の前で両手をぎゅっと握り締めながら、それでもコクコクと頷いていた。
 告白を終えた古泉は、大きく息を吐いて少しだけ肩の力を抜いた。

「古泉君」

 低い声に顔を一瞬強張らせて、古泉は控えめな笑顔をハルヒに向ける。今、古泉にかける言葉次第で、俺はお前の評価を大きく変えるかも知れない。

「大変だったわね。お疲れさま、何て、ううん、そんな言葉じゃ労うことなんか出来ないと思うんだけど、でもホントにお疲れさま! 」

 微笑みかけるその顔は女神のごとく光り輝いて美しい。

「ちゃんと帰ってきてくれたから、皆に心配かけたこと全部許すわ!」

 ああ訂正するよ。お前の評価はいつもと同じだ。そうやって太陽みたいにいつだって笑ってればいいんだ。そうすれば楽園なんて、探しに行かなくてもちゃんと此処にあるんだ。みんな自分の中にあるんだ。きっと。 

「でも次に何かあったら絶対に教えなきゃ駄目よ! 相談しなきゃ許さないんだからね! 二度目は無いんだから! 」

 不在の間におびえたあるいは一つの可能性、不安の言霊を回避すべく、正しく判断したか、かつてそれが執行されたなら己が何匹の猫であっても足りないであろう、命に関する高校時代の口癖を、ハルヒが言い出さなかった事を、成長の証と誉めてやりたい。労わりと思いやりに満たされて、何とか涙をこらえた古泉と俺たちとで、ハルヒ主催の『古泉君お帰りなさいパーティー』は和やかとは逆のテンションで怒涛のように過ぎていった。かつてこういった場面で何度も要求され、微妙に気まずい空気を、主に俺自身にもたらした『かくし芸』を要求されなかった事を、本日の最大の喜びとしたい。……そこ、半べそをかいたまま笑うな見苦しい。

 食い物もいい加減食べ散らかした後に、仕上げは鍋よ!と宣言したハルヒ自慢の鍋を更に喉まで詰め込んで、身動き取れない状態になった面子(なんだってお帰りなさいパーティーで力尽きなきゃならんのだ。こいつらちゃんと家に帰れるんだろうな……全部送っていくのは嫌だぞ)を見ながら、俺と古泉は壁際にもたれて座り、ぽつぽつと話をしていた。

「あの、僕は」

 何だ?

「あなたの友達に紹介して頂けて嬉しいです」

 ……そうか、よくわからんが嬉しいなら良かった。隣で古泉はイケメン面を子供のように赤らめて、あれ? お前そんなに飲んだのか? とぼんやりと俺は考える。

「何だか結婚式の二次会みたいじゃないですか、全然知らない相手方の知人を紹介されたり」

 蕩けたような顔を思わず殴った俺は悪くない。そのあと何をやってるのよ!とハルヒにどつかれて、そんな俺たちを見て、アルコールの影響で覚束ない足取りのままひとり片付けに入っていた朝比奈さんは(ああ、いいんですよ片付けは俺たちがやりますから! )あわあわと慌て、料理の皿を洗いざらい空にする作業の詰めを長門は無言で続け、国木田は屍の中、涼しげな顔でソファに腰掛け、キョンたちは相変わらずだなぁ、と笑っていた。そういえば言及するのを忘れていたが、現在パーティー会場と化しているのは大学進学に合わせて引っ越したにも関わらずやたらに広い間取りは相変わらずの長門のマンションの一室である。
 そうして屍のひとりから尤もではある質問が寄せられる。

「……なあ、SOS団とか言うのは体育会系なのか、どつき漫才の会か何か?」

 それはむしろ俺が昔から聞きたかった事だ!
 と言うか食い過ぎで動けないやつに突っ込まれたくはないぞ断じて!!


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 ……ちなみに、俺のアパートは多分まだ楽園ではない。ベッドの上段に頭をぶつけたヤツがいるからだ。あのベッドを処分する費用はたいしてかからないが結構な労力が要るらしい。ドアからは勿論出せないのだが、以前そこから入れたであろうベランダも、隣接した建物が改築された際に移動された電柱が邪魔になる為、そこからの出し入れが出来なくなったのだ。それに室内で壊すにしても、下の階には赤ん坊がいるんだ。昼間であってもあまり五月蝿く出来ないしな……ああ処分したければしてもいいからそんなに恨めしそうな顔をするな。



  Fin


           Fin  

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消失 20090104 /帰還 20090404 /告白1 20090421 /
告白2 20090421 /告白3 20090511 /告白4 20090511 /
告白4を分割(4と5)・楽園(加筆)&修正再UP 20090524


お疲れ様でした!一応終わりです。
みんなで幸せになればいいと思います……!
何を書いてもキョンがデレ過ぎで古泉が乙女です(……
あと照れを誤魔化してDVと言うのはイクナイ(笑

ここのハルヒは二人の事を気がついていて
でも気持ちに折り合いを付けてる気がします。
バカップルのほうは隠しているつもりです……多分。
長門と機関員の番外編はまた後日。

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