古泉一樹の消失



4. 告 白 2



 居なくなった経緯は長門から聞いた。聞いて記憶から消してもらった。昨日お前が帰ってきて、お前の顔を見て俺は消された記憶を思い出した。それで?
 お前が隠している事はあといくつあるんだ?

 笑顔をこわばらせたままで、古泉は返事をしない。お前が話したくないこと何もかも、根掘り葉掘り聞くつもりは無いんだ。落ち着いてから少しずつゆっくり話してくれてもいい。でも。
 ベッドから見上げた姿勢を崩さないまま俺は古泉を見つめる。お前全部隠してこの先ずっと誤魔化す気だよな? 何がそんなに怖いんだ?
 びくりと痙攣したような仕草で、目の前の男は手のひらで口元を押さえる。俺が聞いたらまずいことなのか。俺のせいか。俺が頼りにならないから、

「違います! 」

 弾かれたように俺を見て叫ぶ古泉の、口元を隠した手が握られて、そのまま心臓の上を強く押す。

「違います……あなたを……あなたが悪い事は何も無い。ただ知らせたくないだけで」

 俺が知っていると不都合だからか? だったら。言いかけた語尾が頼りなく口の中に消える。頼ってばかりで情けない限りだが、また長門に頼んで、消してもらうのでも構わない。消してしまうなら聞く意味がそもそもないかもしれないが、それでも俺は知りたい。お前が何をやり遂げてきたのか、姿を消していた間どんな事があったのか、知らないままでいたくないんだ。この先お前が夢にうなされて、夢から醒めたお前が、青ざめた顔で何でもありません、と笑うのを、俺は黙って見ている事しか出来ないのか?
 握り締めままで拳を体の横にだらりとさげる。古泉は俺を見ない。

「これも僕のエゴです。知ったならばあなたは悲しむだろうから。……そして」

 一瞬切って、言葉を続けた。

「僕自身が、向き合うのが恐ろしかったから」

 俺にか?

 いえ、と唇を噛んで、古泉はもう一度、今度はしっかりと俺を見て、今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。

「世界に。この世界が夢なのではないかと言う想像に」

 超能力者です、と最初に告白された時教えられた、機関から見た世界の在り様を思い出す。選ばれた者としての動揺と苦悩を、乗り越えて来た過去を、自嘲混じりの醒めた視点で古泉は語った。世界が夢だという恐れは、それまで乗り越えてきた山ほどの混乱の中に、とうの昔にあったんじゃないのか? 今頃改めてそれを引っ張り出してくるような何かが、お前が不在の間に起きたと言うのか?

 突っ立ったままの古泉に手を伸ばし、両腕を引いてその場に座らせる。真面目な話を象徴するようにきっちりと膝をそろえる男の前に、腰掛けていたベッドから降りて、俺も付き合いで正座する。どこから説明しましょうか、と、いつか聞いたような台詞を呟いて、古泉は深い溜息をついた。

「北高で涼宮さんがあなたに会って、SOS団を作った後、閉鎖空間の発生は驚くほどの落ち着きをみせました。昔から、考えたり口にするものは多少はいたようですが、彼らがはっきりと『狂信派』として動き始めたのはその頃からです。あの時までは、いかに神の無聊を慰めるか、いかに危険から遠ざけるか、いかに神人を狩るか、能力者を配置するか、閉鎖空間を破壊するかと、ただそれだけ……他の事を考える余裕は機関の誰も持ち合わせて居なかった、と言った方が正しいのかもしれません」

「狂信派による涼宮さんの位置づけは神です。それは機関の見解とほぼ代わりはありませんが、同じなのはそこまでです。神の夢の中に別の夢が生まれて新たな世界に書き換えられようとしている、その課程に出現するものが神人であり、閉鎖空間であり、今の世界を保ちたいならば神人を狩り、閉鎖空間を壊すしかない。ならばいっそのこと神人も生まれない、閉鎖空間も発生しないようにすれば良いではないか、原因を絶てばいい。争いごとの無い世界。神人も閉鎖空間も生まれず、ひとはただ寿命で死ぬばかり。平和で平穏な、神はそんな夢だけ見ればいい。他の何にも囚われず美しい夢でまどろむといい。神は苦悩から解き放たれ、ひとは楽園で生きる、何と言う僥倖、と」

 ハルヒの都合など考えもせず、気持ちよく眠らせてやる、だから有り難く思えってか? 勝手過ぎる理屈にムカムカする。だいたい悪夢を見ないと言うが、薬は所詮はただの薬だろう? 完全なものなんかどうしたって出来ないと思うね。この世はハルヒの夢って見解なんだよな? じゃあ仮にハルヒが寿命……まで生きたとしたら、それで? ハルヒが居なくなった後、この世界は一体どうなっちまうんだ?

「彼らは世界自体が涼宮さんの夢だと思っています。神が死んだ後のことなどどうでもいいのでしょう」

 操ろうとする時点で本当はハルヒの事を神だとか、大切だとか別に思っちゃいないと思うが、それにしたって好き放題にも程がある。そいつら……狂信派、はハルヒの寿命が尽きるまで、その楽園とやらで寿命の分を命一杯生きればそれでもう楽園らしいが、そんな事言い出したら各々の人生、寿命で差があるのだっておかしいじゃないか? そんなんでも楽園なのか? 事件も事故もなければこの世に問題は何も無いのか? ハルヒの意思をないがしろにして、勝手に薬漬けにするのは正義なのか? 平和に浸りたいだけなら自分が使え。飲むんだか飲まれるんだか、どうやって使うのかは知らないが。
 吐き捨てた俺に、古泉が身を強張らせる。薬、薬で何が、何かがあったんだな?

「僕が……姿を消したのは、涼宮さんの力が一時的に弱体化していた時の事です。力はこのまま消えるのか、力の消失により世界は変わるのか。あるいは復活し、今と同様なものになるのか、今より制御できなくなるのか。いっそ力が健在なうちにアムリタを使い、コントロールすべきではないのか……? 上層部の混乱はそのまま機関全体に波及し、組織としての機能が麻痺しました。その為、混乱に乗じた一部の狂信派の暴走をむざむざと許し、あなたへの干渉こそ防げたものの、計画の芽を潰す事が出来ずに、一派を取り逃がしたのです。不幸中の幸いでしょうか、その時点で機関の上層部にも、彼らに賛同する者が居た事が判明しました。上層部に送られた情報が漏れていたり、握りつぶされている可能性もあると判断し、僕の仲間――あなたも見知った機関のメンバーたち――が、独自の判断で僕を隠しました。計画が頓挫したまま狂信派の消息は途絶え、相手がどう出るかは予測不能でした」

「狂信派は巧みに逃げて、なかなか詳細が明らかになりませんでした。僕が彼らに捕まらないようにと言うよりは、自棄放棄になった彼らが、駒として使う以上の行為に出ないよう、尚更、僕は隔離されて殆ど何も知らされないまま、焦燥した日々をすごしていました。そんな時」

「潜伏先で、機関の……特捜部のような部署に所属していた、少しだけ面識のある人物が、僕に接触してきました。狂信派と言う名称は使いませんでしたが、胡乱な動きをする機関の一部の者たちの情報を伝えてきました。彼が狂信派に加担する理由もないと思いましたし、正直言って僕は焦っていました。そこで彼の話に乗ったのです。……うかつにもひとりで」

 そいつが。

「彼と話している最中に気を失い、連れて行かれた先は狂信派のアジトでした」

 魂鎮の薬を作り、使う術がないので放置していた。今幸いにも落ち着きを見せた神に我らは平安を捧げるべきだ。ならばどうすればいい? 鍵ならばそれは可能か? しかしあの鍵はそれを是としないだろう。ならば鍵を入れ替え我々の意のままに動く者を鍵としよう。幸い近くに送り込んだ者も神の信頼を得ているらしい。あれを鍵とすれば安泰だ。だがその鍵が逆らうなら? 薬を使えばいい。目覚めなくなる寸前までの量で摂取すれば、それは意のままに動く人形となる……

「説得に似た脅迫を受けている時に、アジトに仲間が突入して来ました。妄想をぶち上げていた向かいに座っていた狂信派の男が、とっさに僕に銃を向け」

 青ざめた古泉の顔。

「撃たれた僕と、男の間に……彼がいました」

 誰が。

「そんなんじゃない、すまない、と謝罪して。僕を連れてきた腕が、僕に向けて伸ばされて。そうしてそのまま……崩れ落ちた」

 彼はただ、平和な世界が欲しかったのです。
 僕を狂信派の元へ連れて行った彼は、この世界で全てを失ったひとでした。


      4     Fin  

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20090524 改定

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