吟遊詩人かく語りき



5.吟遊詩人いまを語りき


 目を開けた先で視界を埋め尽くしていたのは、胡散臭さが全開の笑顔だった。

「おはようございます」

 顔が近い、それとおはよう。隣に横たわる男にそれだけを言って、何度か瞬きをした。目覚めきっていない頭で寝返りをうてば、柔らかな枕に耳まで埋まる。仰向けで体を預けた寝台は、程よく沈む加減が心地よい。清潔な匂いを吸い込みながら、シーツのシワを指で辿った。この前に目覚めた時とは偉い違いだ。あの時は確かワラ敷きの床に転がって、足には枷が付けられて……ええと、どこまで話が進んだのだっけ、記憶を辿りながら眉を寄せる。枷を切ったのがオリハルコン、長門からの借り物で脱出して、ハルヒ、そうだ無事に会えた。そうして。そこまで考え、ようやく思考が追いついて、音を立てて頭が沸騰した。体を起して横で俺を観察していた古泉が、蕩けるような笑みを浮かべる。真っ赤な顔で仰向けのまま固まる俺に、覗き込むようにして顔を寄せた。だから顔が近い!

「覚えておいでですよね? あなたに求婚して、了承頂きました」

『涼宮さんに許されて』
『もう死んでもいいと思ったんです』

 口説き文句の決定打がそれと言うのもアレだが、そんな言葉にほだされる俺も俺だ。芋づる式にアレやコレやら、新婚さんのふ、れあいやらを、思い出して羞恥にうめく俺に、古泉がまたいい声で笑いやがる。腹を立てた所で、無駄に早い心臓の鼓動を沈める事も出来ない今の己では太刀打ちできない。熱い顔のまませめて恨みを込めて目の前の男を睨む。

「しかしそれももうずいぶん昔の話になりますが」

 え? じゃあ俺たちは。

「はい、僕たちは今こちらの世界の『現在』に戻っています」

 あれからどうなったんだ。と言うか何だ、俺は忘れているのか。

「思い出そうとすれば浮かんできますよ。一気にイベントをこなしすぎて、状況を把握仕切れて居ないだけです」

 そんなもんかね。……と、目を閉じると確かに、場面が山の様に浮かんでくる。出来れば見たくないような光景だが、深く息を吸って耐える。――勢いづいたハルヒに引っ張っていかれた教会で、猫の子でも突き出されるようにしてふたり、神父の前で誓い合った。そのままとんぼ返りで宿へ。早い、早すぎる。打ち切り連載の〆直前のようなイベントラッシュ、消化試合もいいところだ。初っ端の場面から溜息をつく。

 こいつら新婚だからよろしく! と、又も俺たちを悪魔のような笑みで、宿屋の親父の前に突き出して、ちゃっかり特別ルームをせしめたハルヒだったが、同じスペックの部屋をもう一部屋、余分にゲットしているのには、流石、姫君にしておくには惜しいふてぶてしさだと呆れつつも感心した。(いや、もしかしたら俺にはよく分からないのだが、王族なんてものはそれくらい横暴なのが普通だったりするのだろうか?)ここの宿代にしても、特殊イベント後(その、け…結婚だ)の一定期間内の無敵効果、ボーナス効果で、この世界のあらゆる等価交換制度から絶賛割引かれ中であるので(たいていのものは通常の半額程度にしてもらえる)そこは有り難く甘受しておいた。

 ぴかぴかの特別室が、なんと半額! ……って、通販番組のディスカウントじゃあるまいし。挙句の果てに半分に割った金額から更に端数まで割り引かせている。余分にせしめて来た部屋も当然同じ計算だ。支払い一緒なのよ! 連れなのよ! と言う猛攻撃に白旗をあげたのか、二部屋分で一部屋分以下のお値段に収まっている訳だ。ハルヒお前、勇者志願だったよな? そうだよな? なら一般庶民を搾取の対象にするのは勇者の所業ではないと理解すべきだ。皆さんすみません、宿の方もすみません。

「何言ってんのよ! 一部屋じゃアタシの寝る場所ないじゃない!」

 そこは問題にしとらん。特別室にだな。

「あんたたちが特別室なのに、アタシだけ普通の部屋なんかじゃつまんないじゃない!」

 聞きはしない……やれやれ。

 片割れがやたら目立つ造形なのと、ハルヒの豪快な料金交渉で無駄に目立ちすぎたのとで、同性婚は別に珍しくない世界である(……らしい)のに、やたらじろじろ見られて滞在中はどうにも居た堪れなかった。まあ一番の原因は、無駄にいい笑顔で、無駄に接触過多な、どこぞの阿呆にあるのだが。ええい手を触るな肩を組むな、おいそこ! 他人事みたいに腹を抱えて笑うな! て言うかとめろ! どうにかしてくれ! あと口一杯にモノを入れたまま笑うんじゃありません。

 翌朝にはその宿を出発した。一週間後、辿りついた神殿で俺とハルヒは転職した。古泉は特に変更は無くそのままで、それ自体ハルヒに気にもされなかったが、水面下では色々大変だったらしい。姫君奪還の功績で名誉スキルが上がり、『伝説の吟遊詩人まであと一歩』と言うレベルまで到達してしまった己のパラメーターを、必死で調整して下げていたらしいのだ。リーダーの機嫌を損ねない程度に手を抜きながらでは、少人数での旅は大変だったろう。ご苦労なこった。

「スキルアップが悪い訳ではありませんが、少なくとも涼宮さんに先んじて、クラスチェンジする訳にはいきません」

 そうは言うが、そもそもこっちが助けてもらったんだから、その功績でお前が先に上に行ったって、ハルヒも別に文句は無いと思うがね。反論しようと思ったが、困ったような笑顔を見せられると、それ以上は何も言えなかった。俺は城の下男からレベル1の兵士へ、肝心のハルヒだが、こちらは姫君からレベル1の傭兵になった。無難と言えば無難、よくよく考えればあまり無い転職かもしれんが、世界のルールに則っての行動は不測の事態が多少なりとも起きにくいであろうという観点により大変喜ばしい。

 その職業に関して関してなのだが、当初無いものねだりのルール無用で、「アタシは超勇者よ!」と宣言したハルヒに、神官が冷静に対応してくれたのでずいぶん助かった。「まずは傭兵で名声を得て、次に勇者となれ」だとさ。勇者の後は己の頑張り次第でどうにかすれば良い、と、オッサン、いや神官殿がハルヒを言いくるめてくれたおかげで、ごねられたらどうしようかと思ったのだが、不満は残しつつも納得したようだった。……それでもハルヒが勇者スキルを限界まで溜めたなら、きっと新しい「超」のつく勇者と言う職業が出現するのだろうが。ちなみにその『名声を得た傭兵が勇者になることもある、らしい』と言うのは、やっぱりゲームが元ネタ、らしい、のだが何処の何かはよくは分からん。だが、こじつけでも何でも道しるべっぽいものがあるのは、それ程逸脱した流れにならなさそうで、少しは安心だったりもする。

 余談だが、只者ではなさそうだった件の神官は、昔は名の知れた傭兵だったらしい。きっと色んなドラマがあるのだろうが、時間が押しぎみなので何も聞かずに終わりになった。PRGと言うワリにこの世界ではあまりそういう枝葉を楽しむ時間的余裕が無いのが返す返すも残念だ。いや楽しみたい訳でもなく早く元の世界に戻れるに越した事はないんだが、どこでも必死にイベントをこなすばかりだと、疲労値ばかりが高くなる気もするからな。罰ゲーム的に延々、北高前の坂の上り下りをさせられるかのごとく。

 傭兵になって国に戻ったハルヒは、姫君たちの運命を捻じ曲げてきた星占盤を修復不可能なまでに破壊し、国王以下をずらりと土下座させて、晴れて勇者となった。ロクでもない国とは言え、勇者の行動がそれでいいのかと言う疑問は、誰に言っても無駄であろうから己の胸の内に秘めておくことにする。ちなみに神殿から国への帰還の行程で、長門が合流した。古泉と面識がある少女盗賊は、脱出時のお役立ちオリハルコンを、以前情報と引き換えに、古泉に渡した、のだそうだ。少女で盗賊、深い知識、低い背、黒い瞳、ささやくような声、髪の色、諸々、判り易くハルヒは飛びついた。もうお一方、近隣の村にも知れ渡っている、村で一番の器量良しである所の朝比奈さんが、ハルヒによって捕獲されたのは、国王その他を成敗して意気揚々と引き上げてきた、それからしばらくしてからの事だった。
 かわいくって魔女だなんて、みくるちゃんてばホントに最高よ! だとさ。

「――さん、――さん、戻ってください!」

 あ? 気がつくと古泉が焦ったように覗き込んでいた。おお、そう言えば回想中だったな、色々判ったぞ。

「よかった、あまりに放心したままだったので心配になったんです」

 溜息をついて古泉は肩を落とした。悪いな。とりあえず朝比奈さんがハルヒに連れてこられた所まで思い出したぞ。まあ、何だ。結局は一応、これで終わったのか。その、歌がらみ、の過去話は。

「ええ、お疲れ様でした。涼宮さんも満足されたようです」

 そういや、お前はまだ、伝説のなんちゃら〜では無いんだよな?

「長門さんが合流した時点で、パラメーターの工作は不要になりました。常に管理頂いているおかげで助かっています」

 流石長門だな……って言うか、じゃあお前はこの先ずっと、伝説持ちにはならないのか。

「もしかして期待されているのでしょうか? ふふ、涼宮さんがそれをご希望されたら直ぐにでもなりますが、今はまだ、そんなお気持ちではないようです」

 別に俺は期待などしとらんが……皆がレベルMAXになれば、ハルヒも、この世界を堪能し尽くして、飽きたからもう帰る! となったりするんじゃないか?

「それは……どうでしょう。でもそうですね……」

 まあ俺が万年一等兵の時点で、お前ら皆が完璧だったとしても、そのレベルMAXたり得ない訳だが。そうだな、ハルヒのパラメーターをMAXになるようにして、この世界を飽きさせるのでも駄目か? まあ普通状態でもかなりな台風なのに、これ以上力が増えたら、海を割るだの島を増やすだの、さらに異次元への扉を作りそうで怖いが……。ぐるぐると考えているうちに、横で考え込んでいた筈の古泉が奇妙な目で俺を見ていた。何だよ。

「あなたのパラメーターがMAXになったら、どれほど魅力的になって人を惹きつけるのか、少々心配になったところです」

 本気で心配しているような声にぐったりと脱力する。兵士から始まった訳ですから……僕はゲームに詳しくないのですが、称号は何になるんですか? 将軍とか? 聖騎士? あごに手を当てて本気で考え始める馬鹿に、腹立ち紛れに枕を投げつけて、

 いいからお前はもとの世界に戻る歌でも作っとけ!

 思わず叫んだ言葉がそれで正解だなんて思いも寄らなかったね。

 可能性はあると長門に頷かれ、ハルヒの断を待たずに恐る恐る、伝説の吟遊詩人に試しになってみた古泉が作った、不可思議な歌が、ハルヒの心にいたく響いたらしく、俺たちは懐かしき現代に無事に返り咲いた訳なのだが、こちらに帰る前に寂しげにこぼした大馬鹿の台詞についてはきちんと対応して、つまるところは殴っておいた。その……け、っこんは、出来なくても、歌でこまごま補強なんかしなくても、俺たちの関係は変わらないに決まってるだろう。いちいち言わせるな、にやにやするんじゃない――この阿呆が!
 ともあれ無事にこちらに戻れて何ともめでたい。涙が出そうだ。俺は今が、この時代が気に入ってる。ああ古泉、万が一、お前に歌うたいのスキルが継承されるなら、歌は世につれ世は歌につれと言うじゃないか。あんまり珍妙な歌は歌わずに真っ当に良い方にくれぐれも誘導するように頼んだぞ。










    [かく] [さらに] [すべて] [姫君も] [いまを] Fin

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吟遊詩人かく語りき 20090320/ 吟遊詩人さらに語りき 20090329/
吟遊詩人すべてを語りき 20090329/ 元姫君もかく語りき 20090412/
吟遊詩人今を語りき ・改定 20090608/


 ▽古泉は『ハレ晴レユカイ』を歌った!
  なんと世界はもとに戻った!

 ……と言う感じかもしれません(笑

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