吟遊詩人かく語りき



1. 吟遊詩人かく語りき

 勇者ハルヒの勢いに任せたいきあたりばったり大作戦は、長門のフォローと古泉の画策と俺の無駄骨と、朝比奈さんの……(いやあの方は何をしてくださるまでも無く、そこに居てくださるだけで癒しなのだが)身を呈したおとり役、その他でどうにかこうにか解決された。このどうにかこうにかが曲者で、無理を通せば道理が引っ込む、と言う勢いで解決できてしまう所にRPG世界の恐ろしさがあると俺は思う訳なのだが。いい加減に考え方を改めろと幾ら言ったところで、だって無事に解決できたじゃない!と言うハルヒの鶴の一声で議論の全てが終わりになる。「無事」に、に至るまでの「どうにかこうにか」の部分で、すさまじいドラマが繰り広げられている訳なのだが、ハルヒにとってはその点は一向に気にならないらしい。

 ハルヒの気分次第でどうにでもなる世界。爽快感やら何やらはもう充分味わっただろう……?もういい加減俺達の世界に帰らないか、と俺は幾度目とも知れない溜息をつく。この世界で「勇者様ご一行の名声」以外に、抱えるものが増えるのが多少なりとも……その、恐ろしいのだ俺は。

 ともあれ今回も又、無事に依頼は完遂した。盗賊は捕らえられ、盗まれたものは戻り、人質も無事に救出されて、めでたしめでたし。村長からのうやうやしい謝辞と高額な謝礼を尊大な態度で受け取って、俺たちを連れてハルヒが突入したのは村の酒場だった。

「お酒も食べ物もじゃんじゃん持って来て頂戴!村のひとみんな来ていいわよ!ここのお代は謝礼から支払うから!」


 勇者の破天荒な言動におっかなびっくり遠巻きに眺めていた村人達は、酒場前で為された突然の宣言の内容を理解できずにぽかんとしていたが、一瞬の後、辺りは嵐の様な歓声に包まれた。やれやれ、この前の時のようにすっからかんになった挙句に、更に足りなくて、手持ちの装備を売り払う、なんて事にはしないでくれよ。

 そんな訳で村中を巻き込んだ宴会に突入してから半日、流石に子供と年よりは帰され始めた酒場だったが、夕刻を過ぎても、ゆったりとした宴はまだ続いていた。ちなみに勇者は酒場の片隅で、一体何人と戦ったのか、横でつぶれている人数でいいのか、いやもう担がれて帰って行った者もいる筈なので数えようもないが、男達との飲み比べで勝利し続けていた。しかし何だな、しみじみお前は勇者と言うよりは伝説の傭兵とか、むしろそっちの方が似合ってやしないか?

「それでは、先ほどとはまた違った趣向で」

 先刻まで酔った男達のはやし立てる声に応えて、勇ましい戦や、勇者の手柄話を朗々と語っていた吟遊詩人が、微かに甘さを含んだ声で竪琴を取り直した。周囲へぐるりと微笑みかける男に、一瞬、女性たちから歓声があがる。竪琴の音がゆるやかに流れ始める頃に辺りは静まり返った。

 吟遊詩人が歌い始めたのは愛の物語……だった。

 姫君と吟遊詩人のありふれた愛の話。仲をとりもつのは姫君の侍女。手に手をとって抜け出した二人を確実に逃すために、思いを心に秘めたまま、一人残ろうとした侍女も、二人に一緒に連れて行かれた。何故ならば姫君が欲しいのは自由だったから。そうして侍女は姫君の親友だったから。吟遊詩人は姫君に協力していただけで、彼が愛しているのは侍女のほうだったから。二人とも彼女をひとり残していくなんて考えられない。姫君から褒美を問われて吟遊詩人は侍女が欲しいと言った。姫君は笑って言った。あのこがいいっていったら、連れて行ってもいいわよ!嫌だといったら何処か安全に暮らせる場所を見つけて置いていくから、貴方には絶対に渡さない。姫君からの許しを得て、晴れて吟遊詩人は侍女に愛を請う。まさか自分を、と戸惑う彼女に吟遊詩人は心の全てをさらけ出し、身を投げ出して、ひたすらに愛を願う……。

 静まり返ったホールに満ちる愛の歌から逃れるように、俺はそっと酒場を抜け出した。
 このRPG世界は常にハルヒの改変能力にさらされ続けている。強く思う事が変革の第一歩になってしまうのだ。繰り返される愛の歌は、脳に染み入り記憶の変容すらもたらす。北高に通い、謎の団活で放課後を消費し、その課外活動で休日の何割かを消費する。神と宇宙人と未来人と超能力者、鍵と呼ばれるもののあくまで一般人でしかない俺。そろって飛ばされたRPG世界で、今はハルヒの気が済むまで冒険中……それなのに。

「こちらでしたか」

 かけられた声にびくりと身がすくむ。振り向くまでもなく、後ろにはあまやかな微笑をたたえた吟遊詩人――古泉が居る筈だ。
 生まれながらにして吟遊詩人でした、と言われたら納得できてしまいそうななじみっぷりだなと、いつか、ここに飛ばされた事に関する対策会議でふと漏らした言葉に、古泉は何時もの調子で、


「吟遊詩人の基本スキルは付属させて下さったようで、一度も聞いた事のないような歌も、今歌えと言われればおそらく歌えます。並……よりは上くらいでしょうか。それでも更なるに完成度を深める為に、ここはひとつ自分でも歌を作ってみた方がいいでしょうね……?」

 まったく何時でも呆れた勤勉さだな、まあ頑張れよ、などとあの時、無造作に返した己を殴ってやりたい。

「歌、お気に召しませんでしたか……?」

 二重写しの記憶。本来の記憶が無くなる訳ではないが、それとは別に今までこの世界で生きてきたような記憶が、別口で構築されている。され続けているのだ、勘弁してくれ。流石に侍女の姿こそしていないが、記憶の中で城の下働きだった俺が、姫君のハルヒの脱出を吟遊詩人の古泉と手伝う。ハルヒと古泉が恋仲などとは別に思っていなかったし、どちらに対しても恋心など断じて!抱いてはいなかったのだが、脱出が無事済んだあと、ハルヒの許しを得て、にやにや笑うハルヒの目の前で(これが一番いたたまれない)俺にひざまずいて愛を請うた……のはまぎれもなく。

「古泉……」

 コイツがあの歌を歌えば歌うほど記憶は強化される。細部まで鮮明になる。エピソードが付加される。脱出のスケジュールを打ち合わせたあと、真剣な眼差しで、俺の手を掴んで離さなかった男。あとでお話したいことがあります、どうしても聞いて頂きたいのです、そういって目を伏せ、俺の指先に口付け……、って。

「何か増えてるぞ!!記憶!!!」

 耳まで赤くしてへたり込む俺の後ろで、それは何よりです頑張った甲斐がありました、と、嬉しそうに男は笑った。





    [かく] [さらに] [すべて] [姫君も] [いまを] Fin

-----------------------------------------
20090608 改定

Page Top