吟遊詩人かく語りき



3.吟遊詩人すべてを語りき

 羞恥で硬直したまま横抱きにされて運ばれていた俺だが、明かりの落とされた塔の階段を下る段になって、いい加減(遅いだろうが判っているので言うな)我に返った。流石にこの状態のまま脱出するのは、いくらなんでも失礼じゃないのか、城に、と言うか牢に。何の緊張感もなくのらくら逃げられたとあっては、あの歌にしてみても、誇張の度合いが過ぎて、こんな話を元ネタだと言われれば詐欺が過ぎるし、アレンジが過ぎる。お前の歌に聞きほれていたであろう皆様方に謝るべきだな。

 抱きあげるのを辞めたがらない馬鹿をどうにか説き伏せ、不満そうなその腕からようやく解放されたのだが、降ろされた俺がふらつくのに眉をひそめた古泉は、歩けないじゃないですか、と俺の腕を引き、今度はまっとうに背負われた。恥ずかしいのには変わりはないが、抱きかかえられるよりはマシだ。あの満面の笑みを顔の横で見ないで済むだけでも、おそらく顔の赤みは消えてくれる事だろう、多分。

「さきほど緊張感も無く逃げられたらサギだ、とおっしゃっていましたが、脱出ルートは確保済みですので、のらくら、でも逃避行は可能です」

 俺を背負ったまま、随分と長く階段を降りていた古泉だが、辺りを見回しながら途中で止まった。石段の数と壁のレンガの傷を注意深く数え、促して俺を背から降ろす。

「みっつ……と、ここです」

 長い指が壁のレンガの端を押すと、レンガの端が押し込まれ、反対側がくるりと飛び出した。開いた奥には金属の輪が見え、それに指をかけた古泉が振り返り、

「多少揺れるかもしれません」

 警告を発し輪を引くと、三拍ぐらい遅れて、石壁の向こうで何か重いものが動き始める音がした。地鳴りの様に辺りが揺れるのを、壁によりかかってやりすごし、収まった時点で辺りを見回すと、階段を数段下がった先の壁にぽかりと50cm四方の小さな穴が開いているのが見えた。

「先に行けますか?貴方がくぐったら僕も行きます」

 おかげさまで落ち着いたよ。のそのそと穴をくぐる耳に遠くから近付いてくる、複数とおぼしき人のざわめきが聞こえる。

「そろそろ追っ手も来たようですね。ですが」

 俺が穴に潜ったのを見届けて、指をかけたままだった輪から手を離し、今頃になって、吟遊詩人と言う己の役割を思い出しでもしたのか、やたら優雅な仕草で古泉が飛び込んできた。その後ろではカラクリの先端の輪が壁に吸い込まれてゆく。それと同時に再び地鳴りがして目の前の壁が移動し始めた。どういう仕組みなのか、輪を隠していたレンガがくるりとその身を元の壁に収めるのが、閉じる間際の隙間から見えた。

「隠し通路になります」

 隠し扉というか穴のこちら側には、先ほどの階段よりは狭いが、人がひとり楽に通れるくらいの通路があった。こんなもんよく見つけたな……というか、もしやあれか、強権発動か?

「ええ、潜入前に涼宮さんに尋ねたのです。城にはもしや、隠し通路や隠し扉などがあるのでは無いでしょうか?あるのならばどんな仕組みなのかと」

 やっぱり作って頂けましたね、無事に見つかってよかったです、とニコニコ笑う男に手を引かれながら、再び遠ざかる追っ手の声もあっさり無視して、俺たちはのらくらと脱出した。

 いや何だ、その、手というのは、一応、秘密であるからして通路には明かりも何も無く、足元も覚束ないので、用途外ではあるが長門の持たせてくれたオリハルコンを灯り代わりにして俺たちは進んだのだ。(あれはうすぼんやりと翡翠のように光る。昔読んだ漫画か何かでそういうイメージだったのかもしれない)それに俺は裸足だったので、背負うのでなければ自分が先導する、そうでなければ駄目だと古泉は言い張った。足を怪我しないようにとはいえ、こんな暗いところで、また背負われたりするのも駄目だろう。寧ろやりたがっていたと言うのは置いておいて、古泉が大変すぎるのでおとなしく手を引かれる事にした。

 秘密の通路のあとには、秘密の抜け穴越えて、脱出は順調だった。通路の途中には水場もあって、ひんやりと薄暗い事以外は至れり尽くせりの道行だった。

***********

 遠くに立つ人影がこちらに気づくなり、猛然と駆け寄ってきた。あと二歩、の距離で立ち止まり、こちらを睨むように立っている。すっきりと髪を短くそろえて大きな目を見開いて、擬装のつもりか村娘というより少年のような格好で、一瞬、その姿にドレス姿でうつむく長い髪の姫君の姿が重なって、俺は胸が詰まった。これは遠い日への追悼だ。こちらでない世界で、SOS団を作る前の昔、似たような檻を作りあげ、絶望と共に自らをそこに入れていた孤独な姫君への感傷だ。でもいまはもう違う。今俺の目の前で立ち尽くしているハルヒからは、俺たちのよく知る、太陽の様なパワーが感じられる。

「ハル……」

「馬鹿キョン!」

 こちらの言う事をさえぎって一声目がそれか。

「馬鹿だから馬鹿って言ってんのよ!あたしが逃げたってあんたが捕まってればどうしようもないじゃない!!」

 見開いた目が微かに潤んでいる。わかってる、仲間を置いて一人で逃げたって仕方がないもんな。心配させてわるかったよ、ありがとな。古泉に助けてもらったよ。お前に聞いたって言う秘密の通路を通って出てきたよ。

「わかったんなら、もう二度と許さないわよ!この先むざむざと捕まったりしたら」

 死刑だから!

 何処か誇らしげに高らかに、微妙に湿り気を帯びた宣言がなされる。目元をぬぐう様は見て見ないフリをした。

「じゃああたしの話は終わったから、次は古泉君ね」

 俺たちから少し離れたところで見守っていた古泉が、ハルヒに礼をしながら近寄り俺の前に立つ。何だ?

「聞いていただきたいことがあると、申し上げた筈です」

 ちょっと待て、嫌な予感がするんだが……。反射的に逃げようとした俺の、手を握り身をかがめて口付けて、あろうことか古泉は俺の足元にひざまずいた。少し離れた所でハルヒがニヤニヤとチェシャ猫の笑いを浮かべて見つめている。
 記憶がフラッシュバックする。脳裏に浮かぶシーンに青ざめて…いや、待て古泉。ちょっと待て!

「姫君の勇気と貴方との友情に感動しました」

 そこまでで終わってくれないか。

「お二人をお助けしたかった、でもそれは何より」

 頼むから。

「貴方を愛してしまったからです」

 俺はもう死んだ。

「僕はしがない吟遊詩人です。けれどこれだけは誓えます」

 何も誓わんでいい。

「世界で一番、貴方を愛しています」

 …………

「僕を貴方のそばに置いて下さい。どうか」

 …………

「僕と結婚してください」

 ……は?

 何でそうなる?見上げてくる古泉の顔は真剣で俺は。あっけにとられたまま、次の瞬間に頭に血が昇った。頭の中にも心臓があるようにドクドクと音が響き渡る。

「あんたが嫌なら別に断っちゃっていいのよ、絶対に許さないから」

 まあ、今直ぐじゃなきゃ駄目だと言う話でもないんでしょうけど。どっちでもいいけどね。両手の拳を腰に当てたままふんぞり返って、どうするのよ?などとハルヒはあっさり聞いてくる。いや、何でお前が許すの許さないのと言う話になっているんだ。というか、何だってお前こんな話、平然として……ああ、歌か。と今更ながらに俺は気付く。歌の通りか、そうなんだな。何だか言葉が胸につかえて出てこない。

 先刻の怖いくらいの真剣な顔を何処へやったか、目を閉じたまま俺の手にすがりつきお願いします、僕のものになってください、と懇願する古泉と、ニヤニヤ笑いのハルヒと、魂が抜けたようになっている俺とで異郷の地における三すくみが形成されていたのだが、俺にすがりつく吟遊詩人が、のちの勇者である「今はまだ元姫君」に、聞こえない声で呟いた本音が、俺の腹をくくらせたのであるから、ある意味吟遊詩人と言う職業は、こいつの天性のものなのかもしれない。

 ――……涼宮さんに許されたとき、僕はもう死んでもいいと思ったんです……。

 こんな異郷で死なれたら困るぞ古泉。元の世界に帰った時にオマエが居ないのも困るし、何より俺が、ああ俺が嫌なんだ。


「じゃあ、このまま教会ね!」

「はい!」

「今すぐに行くのかよ!」

「あんた往生際が悪いわよ!決めたんなら善は急げって言うじゃない」

「誠にその通りかと……」

「うるさい…!!」





    [かく] [さらに] [すべて] [姫君も] [いまを] Fin

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20090608 改定

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