おまえがいないのがわるいんだ(射手座)







 モニター越しに睨みつけてくるのは神の鍵であり、神のもとに集い来た少女たちの保護者であり、神の率いる我らが艦隊SOS団内で神のみならず、一般兵からも絶大なる信頼を勝ち得ている作戦参謀であり、最後にこれは二人だけの秘密であるが、僕の最愛のひと、つまりは恋人である。ではあるのだが、今だけはどうかうんざりする事を許して欲しい。

 僕の率いる艦隊が要塞に帰ってきたのは三ヶ月ぶりの事だ。それ以前に遠征の日程のすれ違いで、生身の彼と直接会った最後は、四ヶ月を軽く越えた昔の話である。あとは二回ほど映像通信があったが姿を垣間見た接触を(ああ、姿を見ただけで接触と言えるのだろうか? )数えるならそれだけだ。

 だからこそ、一日千秋の思いで帰還した今日、僕の呼びかけに応じて開かれた私的直通回線での彼の対応が、あまりにもアレだ、その、酷かった、ので、あっけにとられた。いや酷かったと言うより、ノーリアクション、不機嫌な顔で無視されたのだ。理由を必死に考えてみたが彼との間にトラブルは何も起きていない。二日前、短い文字だけのメールだったが、そっけなく、けれども照れながら、帰還後の逢瀬の問いを彼からしてきてくれたばかりなのだ。よほどの昔にしくじった何かが今更ながらにバレでもしなければ、こんなにも彼の機嫌を損ねると言う事態が発生する筈も無い。 かつて、聖人めいた微笑みの仮面の下に、涼しい顔で陰謀と策略を抱え込んでいた頃、水面下ではおよそ仲間とは言いがたい緊張感をはらんだ距離をお互いに保っていた頃ですら、彼は僕に怒るより僕を哀れみ、己を省みない僕の生き方を何度拒絶しても繰り返し指摘し、そうして悲しんだのだから。

  それなのに何故今、こんな酷く不機嫌そうな傷ついた顔を、無言のまま延々見せられなければならないのだろう。僕が悪いのか? だったら尚更言って欲しい。彼を傷つけたくないし、苦しめたくないんです。それなのに、彼に幾ら尋ねても教えてくれないし相槌も一言の返事すらもない。少しくらい僕は傷ついてもいいと思う。
 長い沈黙のあと、相変わらず答えが貰えないことに溜息をつくと、彼の顔がモニターごしに歪んだ。

「ど、どうしたんです……?」

 皮肉の一つでも言おうかと口を開いた僕だったが、不機嫌な顔がくしゃりと崩れて急に泣き出したのに、心臓が止まりそうになる。

 おまえが、

 しゃくりあげる声で、殆ど聞こえなかったが、食い入るように見つめた口の動きで言いたいことは理解できた。

 おまえが死んだのが悪いんだ。

「は……? 」

 おまえが死んだのが悪い! 俺は悪くない!!

 そこまで言うとボロボロと涙をこぼして彼は本格的に泣き出した。いくら私的の回線とて、うっかり誰かにバレたら涼宮さんにでもバレたら、それこそとんでもないことになる。などと考えられたのは会話が終わって通信を切ったあとの話であって、彼に泣かれた時点で僕もパニックを起して叫んでいたのだが。

「僕が悪いです………!!!」

 いや、おまえ馬鹿だろう、などと。今泣いた鴉がもう笑った、とか言うじゃないですか、それですか、何でいきなりぴたりと涙を止めた真顔で、ひとを馬鹿呼ばわりするのですか。俺につられるなよって、冗談なんですか……? ――って叫ばないでください。そんな、むせてしまいますよ。お願いですから泣かないで。

「とにかく誤報なのか誰かの勘違いなのかわかりませんが、もうあと二時間でそちらに到着します。ええ一刻も早く貴方のもとへ帰りますから、僕が死んで居ないという事を御自身でちゃんと確かめてくださいね。触ってでも殴ってでも構いませんから。いいですね?」

 いいですね? と言う重ねての問いに、うんわかった早くな、と、舌足らずな子供の様な答えを返されたのと、白手袋の甲で目元を擦る仕草に、心臓が奇妙に跳ね上がる。『僕は通信を終えたコンソールに突っ伏してうっかりそのまま死にそうでした』などと、まあそんな告白したところで、会話した事で既に冷静さを取り戻したかもしれない彼には、馬鹿かお前、と鼻を鳴らされるだけで終わってしまうかもしれないのだが。

 案の定、艦隊が要塞に到着した頃には既に落ち着きを取り戻していたらしい我らが作戦参謀殿に、帰還した兵士もろともいつも通りの穏やかな笑顔で迎えられ、労われた。だからもう不要かと思われた確認を申請された時には驚いたのだ。まだ標準時で正午にもなっていないと言うのに、今日はもうこのまま休んでいい、上、つまり涼宮さんの許可も取得済みだと言われた時には、一体何事が起きたのかと正直うろたえたのだが、そういえば通信中に突然泣き出す位だ、こちらの皆から見ての彼も相当に態度がおかしかったのだろう。手を引かれるままに誘導された先は彼の私室で、ロックした扉から向き直り、触ってでも構わないんだろ、とうつむき耳まで赤く染めた彼を腕の中にしっかり抱き込みながら、確認、される事になった色々に関しての報告は、彼のみにしか提出しない方向だ。

「……けれど報告を提出するのは難しいですね、考えているうちにまた確認して欲しくなるし、確認したくなってしまいます」

  僕の言葉に、提出なんていらん!と彼は真っ赤になってひとしきり喚いたあと黙り込み、目をそらしながら、すればいいだろ確認、とうわずった声をもらした。僕は何度死ねばいいのか判りません……と負けないくらい真っ赤になったのを誤魔化すように枕に顔を埋めれば、死ぬとか言うな、と涙目でしがみつかれた。もうどうすればいいのか判らなくなってやっぱりそのままもう一度確認をした。今度は僕が彼を、念入りに。念入りにしたにも関わらずそのあとでもう一度求められて、もちろん僕に断る理由などありはしない。

 ちなみに、匿秘すべきとされていた僕たちふたりの秘密が、とっくの昔に尤も知られてはならないとされていた相手にバレていた事を聞かされるのは、それからしばらくしての事である。でなけりゃこんな、悪夢見たくらいで、帰るなり報告そっちのけで独占なんかさせてくれる筈ないだろ? と子供の笑顔で笑う彼の胸に抱き込まれたまま、そのまましばらく放心していた事も、そもそもの僕と彼との関係も、その関係がバレていた話も、機関には当然丸ごと秘密です。







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まっていたいけれどしょうがない、を
古泉視点にして死亡夢にして射手座にしたら
古泉の回りくどさとキョンデレが五割くらい増しました。
駄目だこいつら……早くなんとかしないと!(笑

20090519

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