そう、かみさまのいうとおり




 「何でも出来る」と言うのは「何も出来ない」と言う事と実は一緒だ。変化が生じた箱庭の気に入らない部分を時を遡って改ざんする――そんな事が可能ならば、事実そうしてしまうのならば、それは結局のところ目新しさなど何も無いどこかで見たような世界をまた一つ作り出してしまうだけの事なのだ。それに気づいたときのやるせなさを判って貰えるだろうか。俺が余計な手出しさえしなければ、少なくとも世界は独自の個性を保ったまま、未来を目指してゆけた筈なのに。
 俺は過ちを何度も繰り返してきたから断言できる。
 思い通りに手直しした世界なぞつまらない。


 何でも出来るし何も出来ない。何をしても無意味だから例え干渉出来ても何もしない。そうすると今度は、俺が言うのもおかしな話だが、『偶然』やら『何かの縁』でめぐり合った、わりと気に入ったヤツが、まるで見せつけるかの様にぽろりと居なくなる。手持ちの時間を目一杯使って逝くのならばまだしも、気にかけている相手に限って、何かの弾みに、まだ若いうちに、霞のように消えやがる。そんなのももううんざりだ。何も出来ないこんな力なんて欲しくない。何も出来ない自覚なんかしたくなかった。何にも心を動かさないまま、何でも出来るとうそぶいたまま、好きなように過ごせばよかった。……まあいくら俺が能天気だったとしても、直ぐに何もかも同じぐだぐだの、決して嫌いではないが、いくつ目とも知れないコピー世界になってしまうのだと気づいただろうがな。気づいた筈だと、そう信じたい。


 それでも欲しいと子供は言った。自分にちからがあれば思い通りの世界で楽しく暮らしてみせると。絶望するだけだぞと、俺は子供の眠りの中、暗い灰色の世界の中でふたり向き合って、子供を見つめながらつぶやく。絶望したっていい。真っ直ぐに俺をにらみながら子供は、あたしは絶対に楽しんでみせる、だっていまだってこんなに世界は灰色で、あたしとあんた以外誰も居ないじゃない!!言いながら俺の目の前にはいつの間にか、高校生の姿をしたあいつが立っていて、つっぱった腕を体の横に降ろし、拳を握り締めたまま、叫ぶ。あたしはここにいるのに!
 俺は溜息をついてあいつに手を伸ばす。延ばした人差し指で何かを言いかけて目を見開いたあいつのひたいを軽く突く。すっと目を閉じてゆっくり仰向けに、子供の姿に戻ったあいつが倒れてゆく先は、体が眠りについている筈のベッドの上だ。そこまで言うなら試すといい。開始はお前が始まりの合図をした時からだ。一応念を押しておくが、何でも出来るが結局は何も出来ないぞ。……たとえ俺に届くほどの叫びを発する事のできたおまえでもな。


 かくして世界は新たなスタートを切った。ハルヒによって設定された起点がその日時であったが故に、三年以上前に遡る事は出来ない制限が発生したが、世界自体がリセットされた訳では決してない。あいつが絶望に負けて音を上げたらあいつの力は消えて、制限のモロモロは解除される。壊されないままで閉鎖空間が一定以上拡大しても、同様にあいつの負けでルールの全てが消滅する。いや世界も終わらないしこの三年と言う時間も、ハルヒに関わった人間の記憶も体験もなくならないが、此度のハルヒの自由世界の幕は閉じる。神人を狩るべく赤い光になって空を裂く能力者たちには心からすまなく思うが、リミッターは別口で確かに存在していたのだ。
 それも近々限界に達するだろうと俺は踏んでいた。絶望側に傾いていたあいつの三年をちらちらと伺いながら、そろそろ音を上げた頃だろうかとあいつの様子を見に来たところ、運悪く捕獲された事だけが想定外であった。(あれは「捕獲」以外の何者でもない)あげくの果てに、あいつは事前に集めていた宇宙人未来人の他に、とんでもないヤツまで引っ張ってきた。

「古泉一樹です」

 にこやかに胡散臭く挨拶して来た男。半ば呆然としながらのばされた男の手を握り、そんな笑顔はうんざりなんだと口の中でつぶやいた。そんな顔のままいつか随分昔に別れて、そうしてそのままいなくなった、あれは何時の世界だったろう。
 宇宙人未来人の告白を聞いた後、促して告げさせた男の正体に、昔を思い出しながら溜息をつく。子供をかばって居なくなったいつかのお前は、お前も、異能の力など持たなかったが、やっぱりそれでもヒーローだったよ。

 
  * * * * * *


  うろたえて逃げようとする俺の両肩を鷲掴み、古泉は真正面から見据えて来る。整った顔が苦しげに歪んで、震える口から言葉が漏れた。
 機関の古泉一樹として、こんな事は許される筈もないのに、何かが、あるいは誰かが急かすのです。早く早く伝えなければ、また同じ事が起きないうちに早く、と。僕は、

「あなたが好きです」

  機関の見解とは違うところで、世界が三年前に始まったのでなければいいなと思っていました。子どものころに夢を見たのです。夢の中の僕はもう大人で誰かと挨拶をして別れたのですが、僕はそれきりそのひとに会えなかった。会えないままで死んだのでしょう。会うべき筈だった大切なひと……今にして思えば僕には、あれがあなたであったような気がしてならない。世界が三年前に出来たとしたら、その記憶すら作られたものになってしまいます。そう考えただけでも心が二つに裂かれたように痛い。ええ、おかしなことを言っているのは自覚しています。それとはまた別に子どもの僕は誰かにしかられていました。『アンタがそんなだからアイツが辛気臭いんじゃないの!ちゃんと戻りなさいよね!この先だって何度だって離れる事になるだろうけど何度だってちゃんと戻ってくれば許してくれるんだからちゃんと会いに行きなさいよね!!』と。こちらは…やっぱりおかしな話なんですが声は、今思い出してみると、あなたを叱り付ける時の涼宮さんの声に……似ているんですよね……変ですよね。


 何でも出来るからって無意識下であいつは一体何をしてくれやがるんだ。どうにかしたいなら自分の世界を補完するのに勤めろよ。伝えても居ない俺の昔に干渉するな。俺は何も出来ないし何をするつもりもない。本当を言えない事だらけだし、前の時もたとえこいつがいなくならなくたって何も言わずに、ずっと黙っている気でいたんだよ。俺は勝手にルールを決めて、勝手に残念がって、勝手に孤独になって。そうして何時だって必ず失ってしまうんだ。俺はそれが嫌でこの先もずっと誰も手に入れないようする筈だったのに。

「あの…すみません。泣かないで下さい」

 どこか遠くを回想する様な告白を終えた古泉は困ったように俺を見た。僕のせいですか、ごめんなさい、泣かないで下さい……どうか。
 嬉しいとか愛おしいとか思ったらダメだ。掴まれた肩からじんわりと暖かさがしみるとか、その手が離れただけで胸が微かに痛んだとか。頬を伝う涙をぬぐう指先に触れられて震えるとか、そんなものがずっと欲しいと、欲しかったと、ただ俺は、


 あたしは絶対に楽しく生きてみせるわ!!
 だからあんたも楽しくなきゃダメなの!!


「―――……だ」

 世界のカラクリを告白したら、確実に失うであろう温もりにきつく抱きとめられる。全てを保留にしたままでも、今この瞬間だけなら許されるのかもしれない。
 書き換えなかったからこそ在る今この世界の片隅で、告げる事もないまま失った腕の中、俺は初めて声をあげて泣いた。




 
-----------------------------------------
 神キョン。
 今更ですが何を書いても両思いぽくてなんとも(苦笑)

 20090228

Page Top