海の七月

 らいおん・はーと

路地の角を曲がった先で小さな気配が足下を走り抜けた。

「おっと」

蹴りそうになった足を止めて、前のめりの姿勢のままコンラートは走り抜けた影を目で追う。暗がりの中に身を強ばらせたまま振り向いたのは小さな猫だった。夜を固めたような黒とその中に光る一対の金色。ゆらゆらと揺れる長い尻尾。コンラートが何かを言う前に、「それ」が口を開いた。

「ひどい!」
「え」

思ったよりも高い子供の声が辺りに響いた。毛を逆立てたそれは非難の眼差しでコンラートをにらみつける。

「おれのことけろうとしたろ!」
「え、ちが…」
「ちがくないよ!」

ぷりぷりとした口調で、向きなおった真っ黒な小さい子猫は、警戒しながらもそれでもコンラートに少しだけ近づいて抗議する。

「すまない、足下に……君が、居るとは思わなくて」
「! ちいさいからってばかにした! ひどいからな!」
「……ええと、困ったな」

何が彼の逆鱗に触れたのだろうか、「ちいさい」という言葉を使ってはいない筈なのだが。何と言うべきか、言葉を探していたコンラートは子猫の言葉に一瞬ぽかんとした。

「ちいさくたっておれはらいおんなんだからな! ひどいことしたらたべちゃうぞ!」
「……らいおん」

それは何というかむしろ懐かしい生き物だ。脳裏にひょうひょうとした笑顔が横切って、コンラートは一瞬黙り込む。「彼」の事だから大丈夫だとは思うのだが、養い親とは随分前に別れて以来、消息を聞かない。黙り込んだ彼を前に、自分の言った言葉に逆にあわてたのか子猫があせったように話しかけてきた

「あ……でも、べつにわるいことしなかったらたべないよ! ……こわかった? ごめんね」
「ああ」

困ったような顔で、威嚇しようとしていた事も忘れて足下からにゃあにゃあと話しかけてくる子猫に、思わず頬がゆるむ。

「君はやさしいね、ありがとう」
「! やさしくなんかないもん!! おれはかっこいいほうがいいもん!」

かっこいいとやさしいは両立できるのだが、この元気な子猫には納得できないらしい。コンラートは子猫を脅かさないようにその場にそっとしゃがんだ。避けられるかと思ったが差し出した手に子猫は素直に頭を押しつけてきた。

「俺の養い親……俺を拾ってくれた人がね、やっぱり獅子……ライオンだったから、ライオンと聞いて、つい懐かしくて。話の途中でごめんね」
「! あんたのおやのひとはらいおんなの?! いっしょにいる? …やしないおやって?」

興奮してきょろきょろと見回す小さな姿に笑ってしまう。

「ああ、ごめんね。今ここには居ないんだ。……義父にはしばらく会っていなくて。多分どこかで元気でいるとは思うんだけれど……。養い親と言うのは、その人がむかし死にそうだった子供の俺を拾ってくれたから、本当は他人なんだ。実の親はどこにいるのか知らないので」

目をまるくして聞いていた子猫が、ぶるりと身を震わせた。そうして頭を押しつけていたコンラートの手からそっと離れる。

「あんたうちがないの?」
「うちと言える場所は今はないね」
「じゃあおれがひろってあげる!」

息が止まった。子猫は先ほどまでの敵対心を忘れたかのように嬉々として喋り続ける。

「あんたいいひとみたいだからね! だいじょうぶ、けづくろいもしてあげるよ!」

無垢な瞳がキラキラと見上げたあと、小さな舌がざらりと指先を舐めた。

「……君はやっぱりやさしいね」
「やさしくなんかないったら!」
「じゃあとてもカッコイイ」
「うん!」

やさしくなくってかっこいいならいいよ! と嬉しそうに鳴く。

「――じゃあその、カッコイイ君の名前を教えてくれるかな。俺はコンラート」
「!そうだね! ごめん! おれはゆーり! こんらぁ…こん…らっと」
「コンでも、コンラッドでもかまわないよ」
「こんだときつねみたいだから、こんらっど! そのしっぽとみみはなんのみみ?」

人型になれる、もしくは人との混血がベースの異形は、その異形の特性が外見に表れる。純粋な人間の目にはそれが見えないし、見えるのなら見た側も異形と言う事だ。普通の獣にもそれは見えるのだが会話が成立する獣に会う方が異形同士で会うより稀だ。この子はどちらだろう。己を獅子と言うが見た目は愛らしい猫にしか見えない。

「見えるんだね、狼だよ」
「おおかみもはじめてみた!」
「……俺も義父以外で、獅子は初めてだよ」
「こんらっどのおとうさん、あってみたいなあー!」
「ええ、いつか会ってもらいたいな……」
「おれちゃんとこんらっどをだいじにしますから! って言うからね! ひろったから!」
「……ありがとう、ユーリ」

己が彼に拾われるのは確定の様だった。そのことに感謝するのは随分とあとの事になるのだが。







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けもみみ次男と黒猫ユーリ・自分をらいおんと主張するユーリ
他の家族は人型だとか、そのうち人型になるとか、理由あってライオン(になりたい)と主張しているだとか
芋づる式に色々ありますが、書いてあるのはこれだけwww
(20120102)

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