海の七月

 初恋ターンオーバー


このまま変わらないのかと密かに心配していた身長は、王様業に励むうちに気付けば思ったよりも伸びていた。――背後で見守る護衛には到底届かない高さなのだが。ちらりと後ろを伺うと何時もの様に何もかも見透かすような笑みが帰って来る。手入れの楽さを優先して短く切りそろえた髪では、ただでさえ分かり易い表情はまるで隠せていないだろう。諦めたように少し肩をすくめてみせて俺は正面に向き直った。伸びた身長と、昔よりは作り上げられた身体、さっぱりとした髪型と合わせれば、鏡の中には運動部所属の大学生の様な己がいる。大学生、と言うには人間的には少しばかり年を取りすぎているのだが、すっかり「こちら側」に落ち着いた今となっては、正しい魔族の成長速度に異を唱えても仕方がない。あくまで外見上の話だ。元々うちは勝利が親父に似て、俺はお袋にそっくりだったけれど、今は少しばかりは勝利に、つまりは親父にも似ているかもしれない。いつまでも丸みを帯びたままの童顔と低い身長にいじけていた頃よりは、理想に近づいた筈だ……多分。おそらく。

「続けても?」
「あ、ごめん。ありがと」

普段から短いままでいると、多少の長さでも気になる、伸びた分の襟足を切り揃えてもらっていたのだ。思えばもうずっと護衛にその役をまかせている。何時からあんたに切ってもらったんだっけ?と問えば、理容師に丁寧に切られるのが退屈で死にそう!と陛下がおっしゃったから、それからです。くすくすと笑いながらコンラッドは切り終えた髪を軽くなでつけ、そうっと手を引いた。

「いかがですか」
「うん、さっぱりした」

ありがとう、の言葉に静かにお辞儀をして、道具を片付ける。あんた執事みたいだな。そういえば、勿論そのつもりですと、滑らかな答えが返ってきて笑いをさそう。護衛じゃないの。護衛も兼ねています。鏡の中で俺が笑う。悪くない。少し伸びた身長も多少は長くなった手足も、ほんの少し大人びた顔も、短い髪も。なかなかだ。悪くない、そう思いながら、休憩を兼ねた時間から仕事に戻り、執務室で仕事していた、そのときだった。ふと窓の向こう 誰かと話している護衛の姿が目に入った。そこで気付いた。気付いてしまった。柔らかな笑みを浮べて相槌をうつ、手前には小柄なメイドの少女が多分、顔を真っ赤にしながら憧れのウェラー卿に話しかけている。ふわりと揺れる、長い栗色の髪がキラキラと光って。

「あ」

無意識に自分の髪に触れていた。俺の、指先で掴むことしか出来ない襟足に、眉よりも上に切りそろえた、短い前髪に。美しく揺れる彼女の髪の向こう、優しく微笑むコンラッドがいて。気付いてしまった。

「俺コンラッドの事好きだ」 

いつも、あのとき揺れていた長い髪とその向こうの笑顔がちらついて、 短くて楽だと思っていた髪を理由を告げぬまま、俺はゆっくりと伸ばし始める。あのくらい長く延びたら言おうか、決心がつかなかったら切ってしまおうか、そんな逡巡を繰り返してあれからもう四度目だ。どれだけ季節が過ぎたのかは数えていないので知らない。

「どうした心境の変化ですか」

笑って尋ねる男に生返事しながら俺は心の中で「まだだよ」と思っている。まだ言わない。「もう」なのかもしれない。「ぜったい」なのかもしれない。言わないままで全部終った後、人生の終わりごろに笑い話のように言うのかもしれない。それでも言わないのかもしれない。




「ギュンターが大喜びしています」

王佐にいたく喜ばれた、けれど訳を告げずに伸ばし続けた髪が、背の中程に届く頃から、俺は自分の事ながら奇妙なほどに挙動不審になる。そうしてとうとう腰まで届いた頃に思い切る。思い切って、そうして大きな溜息をつく。

「詰め寄って泣かれました」

貴方がついていながら何て事を!と。すっかり軽くなった筈の頭が逆に重い。頬杖を就きながら俯く、鏡越しにすら護衛の顔が見られない。

「すっきりしましたね……このまま短く?」

いいや。

「また伸ばすよ」

声は不自然に震えなかっただろうか。俯いたままそれだけは返事をする。ばっさり切ったくらいでは気持ちは断ち切れなかった。何回切ればあんたの事を諦められるのだろう。最初の大きな溜息はそんな気持ちだった。そうして三回。俺は自分の恋心に止めを刺す。ナイフ代わりのハサミを渡して、切り捨ててられない自分の代わりに何も知らない彼に殺させる。せめてあんたに殺してもらいたい。今度もそのつもりだった。――彼が問うまでは。

「また切ってしまうんですか?」

伸ばした指で長い髪を掬い、そうっと指先で愛撫する。

「――また切ってしまうんですか」

ぽつりと呟くその寂しげな声に震えが走った。俺の何を分かったように言うのだろう。寂しいのも苦しいのも俺のはずなのに。誰よりも大人な筈のあんたが今迷子に見えた。衝動的に 胸倉つかんで引き寄せて口付けた。目を瞠る星が至近距離でぼやけて。押し付けた熱に言葉が零れた。

「好きだ」

あんたがずっと好きだよ。苦しいくらいに抱きしめられて。ぼろぼろと涙が零れた。



 *******************



伸ばした長い髪が背中を覆う頃から何か言いたげに、けれども目があえば諦めたように視線をそらす、そんな主を見るのはこれでもう何度目だろう。そうして黒髪は腰まで伸びたあたりでいつもこともなげに断ち切られるのだ。切る役目を申し付けられるのは何時も自分だ。

「ばっさりいっちゃって。前も眉にかからないくらい、横もそいで耳を出して、すっきりさっぱりと」
「またギュンターに嘆かれますね」
「……うん、まあ――……ね」

歯切れ悪く目を逸らす。そうして切った後、彼は何時も静かに大きな溜息を付く。何時ものことだ。その溜息は俺にでしょうか。貴方は何を言いたいのですか。一度問うた先で苦しそうに眇められる目に、出すぎた事をと謝罪して。髪を切る件に関して、あれ以来ずっと触れていない。

また長くなった髪を無意識にすくい上げる。びくりと身を震わせるのが指先で判る。

「また切ってしまうのですか」

ぽつりと呟いたその言葉に振り向いた瞳は、まるで漆黒の夜のようだ。ぐいと胸元をつかまれ引き寄せられて視界にそのきらめきがいっぱいになり

唇に触れた熱いものに、一瞬思考が固まる。

「すきだよ」

「ずっとすきだった」

離した唇から零れた言葉が、再び重ねられた熱の中にじんわりと沁みるように消えていった。

「あんたにずっといいたかった」










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エチャで描いた短髪陛下から派生
(201110)

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