Love me little, love me long
(あれがほしいこれをやりたいだっこしててをつないでごほんをよんでうまにのせてあれもこれもどれもそれもちっちゃなあにうえといっしょじゃなきゃいやだ)
侍女や乳母や家令に出来ることならば願いはすぐさま叶えられた。どんなにわがままを言ったとしても――母、ツェリ本人にしか出来ない事以外ならば全て。母は元々貴族ではあったがそれ以上に多忙で、何故ならば彼女はこの国の魔王だったからだ。母に甘えたい、抱き締められて眠りたい。幼子のそんないじらしい願いは王の責務に常に拒まれた。母への願いだけが拒まれる失望は、豪奢な寝台に酷く寒々しい夢を呼び寄せた。少年はよく夢にうなされた。
母に甘えられない分は周りにぶつけた。乳母に侍女に警護の者に癇癪を起してはおろおろと、腫れ物に触るように、しかし慈愛を持ってなだめられた。傍若無人の限りであっても、その身分と少年自身の愛くるしさ、そして幼いゆえの振る舞いであると許される範囲の内で判断され、少年が叱られる事はほとんどなかった。長兄は年が離れており会う機会も少なかったので(彼はその若さに似合わない厳つい眼差しをしていて、内面を知らぬ限り恐れられたから)だから残りはすべて、すぐ上の兄にぶつけられた。
ぐずるあまりに熱を出した時も、不調で寝込んだ時も、医者から遠ざけられない限り兄は常に少年の側に居た。強請られるままに絵本を読んで、手を握ってくれた。寝付けない夜には兄のベッドにもぐりこんで、その胸元にすがりついて眠った。母の様に柔らかな胸でないことに少年がぐずると、何ひとつ悪くないのに済まなさそうな声で兄はわびた。そうして抱き込んだ少年の髪に口付け、寝付くまでの間ずっと背中をなでてくれた。あの優しい手のひらの持ち主は、今のグレタよりはわずかに年上だったろうか。グレタを抱きしめた時の驚く程の軽さと、添い寝する時の熱を思い出す。夜着の胸元にすがりつく小さな手は驚くほど熱い。寝苦しかっただろうに兄はいつでも優しかった。
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朝目覚めたユーリは寝台の傍らで上半身を起している自称婚約者の姿を目にして本気で驚いた。自分より先に目覚めて居る事などまず無く、この部屋にロードワークから戻った時間ですら彼が目覚めていた時などない。
「……おはよう〜ヴォルフラム早いな?……どした―? 具合でも悪いのか?」
挨拶も耳に入らない様子で何かぶつぶつと呟き続けながら頭を抱える姿に、不安を覚えたユーリはヴォルフラムの顔を横から覗き込んだ。
「見るな!!!」
ユーリを突き飛ばすようにして魔王の私室を飛び出して行くヴォルフラム。
「……何……?」
開け放たれたままの扉から入れ替わりに護衛が入ってきた。閉める前の一瞬、扉の向こうをちらりと見やり、すぐさま何時もの笑顔をベッドで片ひじをつくユーリに向けた。
「お早う御座います、陛下、たった今、ヴォルフラムが飛び出して行きましたけど……何か?」
「いやー俺にも判らない。何か言ってた? てか、陛下ってゆーな」
体を起して胡坐をかいて、ユーリはベッドの上で勢い良く伸びをした。そのままコキコキと首を回した。
「見るな! 触るな! としか……、すみません、ユーリ」
「あーハイハイしょげんなよ! 弟さんはよくわかんないけど俺より先に起きてたよ。怖い夢でも見たんじゃねーの?」
しょげてませんよ、とコンラッドは苦笑する。
『ロードワークはどうしますか?』との問いへの返答は端から決まっている『勿論行く』だ。元気な答えと共にユーリは勢い良くベッドから立ち上がった。
主従コンビが相変わらずな日常を開始し始めた頃、一人自室で頭を抱えるフォンビーレフェルト卿の姿があった。
(グレタ……そうグレタなら似たような甘え方をしてきたな)
よくわからないけれど怖いの、と泣き止まない夜もあった。ユーリと二人で喜んでベッドに迎え入れた時もあった。
(!!って、グレタは娘じゃないか……!いいんだ!娘ならそれで!)
問題は……
『ちっちゃなあにうえ!!』
たどたどしい子供の高い声が明瞭に脳裏に蘇る。
(……どうすれば……)
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避けられる原因が見当もつかないのでウェラー卿は内心少しだけ動揺した。何かしただろうか、と改めて考えるがそもそもここしばらく弟とは顔を合わせてはいない。フォンビーレフェルト領に帰還していたヴォルフラムが血盟城に戻ったのはつい昨日の事だった。だから会ったと言うならば朝だ。触るな!と走り去ったあの時がひさびさの再会であるとそういえば言えた。
顔を合わせるたびにあからさまに避けられて理由を問い正すヒマも無い弟は、執務の休憩時、王の傍らにようやくその姿を見ることが出来た。目を合わせるなり苛立ちを見せた赤い顔がやけに気になって、主と弟が座るソファへコンラッドは足早に近付いた。傍らに立つなり弟の額に手のひらをあてがえば、悲鳴のような制止の声があがる。と、手を払うヴォルフラムが、何かに気付いたように己の手のひらを見て、眉を寄せながら払いのけた手の持ち主を見る。立ち上がりかけた中腰の姿勢のままヴォルフラムは、コンラッドの軍服の胸元を掴んで引き寄せた。カップを持って腰掛けたまま、一連の攻防に目を丸くするユーリの横で、同じく目を見開くコンラッドの額に逆にヴォルフラムは自分の手をあてた。やはりか。険しく細められた青い目が、そのあと何かを思いついたように大きく開かれた。
「おい、ユーリ。魔王命令でこいつ休ませろ。熱があるぞ」
「え?! マジ?!」
護衛が否定する間もなく、魔王の手も額にあてられた。
「あ、ほんとだ、少し熱いよコンラッド!」
「俺は平気です陛下、こんなのは熱のうちに入りません――」
二人掛かりの糾弾には反論もむなしく、めったに無い護衛のかく乱に、すぐさま魔王命令が発動された。
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普段の仕事量からかんがみれば逆に疲れそうなのだが、護衛はおとなしく寝台に入った。『寝ていないと酷いぞ! ちゃんと寝てないなら俺の部屋とか執務室とかしばらく出入り禁止にしちゃうからな!』と、主と主の娘に脅されたから止む無くだ。主を見る事も声を聞くことも出来ないのは酷くつまらなく、退屈を通り越して憂鬱だな、と護衛は大きな溜息をついた。
「邪魔するぞ」
ノックと同時に扉から入ってきたのは絵本を持った弟だった。
「グレタに読んでやる約束をした――その、初めて読む……本だ。練習台になれ。コンラート」
「……そう」
不思議に思ったが、何時もの態度に戻った弟が何も言わないのでコンラッドはそれ以上の追求はしなかった。微かに笑って目を閉じるコンラッドの寝台の横で、ヴォルフラムは静かに絵本を広げた。
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「……ぼたりと何かが落ちてきた天井を毒女が指差した…っそこには!」
「……ヴォルフラム、眠り辛いんだが」
「ううう五月蝿い!! 黙って聞け……!!」
「……怖いのなら無理に読まないでも……」
「黙れと言うんだ! グレタが待っているんだぞ!」
「天井から落ちてくるものを?」
「余計な事を言うな――……!!!」
「ふたりとも何騒いでんだよ! あ――っ! コンラッドはおとなしく寝てろよ! ヴォルフラムは邪魔すんな! つか、一緒にいたいなら一緒に寝てればいーじゃ…」
「誰が何でコンラートと寝たいと言った!! ふざけるな!」
「俺は構わないけれど? 寝るかい?」
「だだだ誰が又そんな事を言ってるんだ……!!!!」
――又?
了
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次男は三男を溺愛しすぎたと思うんだ(笑
絵本を読みにきたのは自分がやられた(やってもらった)事を
全部返せば済む話じゃね? と三男が血迷った為…(笑
昔の次男の行動をトレースして今の次男に返すなんて
恥ずかしすぎて誰にも出来る筈がないんだぜ!(笑
(20091124)